東京地方裁判所 平成7年(ワ)1304号 判決 1998年11月06日
主文
一 被告は、原告それぞれに対し、金三八二七万三三七七円及びこれに対する平成五年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告両名に対し、各金三九九九万二一七〇円及びこれに対する平成五年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被告の経営している豊島昭和病院(以下「被告病院」という。)に通入院して診察治療を受けた池田晴元(以下「晴元」という。)が、心筋炎及びこれに伴う肺水腫、心不全により死亡したことについて、相続人(父母)である原告両名が、被告に対して債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
原告両名は、被告の注意義務違反ないし過失の内容として、具体的には、晴元を担当した被告病院の医師は、晴元に心筋炎及びそれに伴う肺水腫、心不全の徴候があったにもかかわらず、適切な診療を怠ったため、心筋炎の発見が遅れ、また、心筋炎と診断した後も被告病院では十分な治療は期待できなかったのに直ちに晴元を転院させなかったため手遅れとなり、その結果、晴元は死亡したと主張している。
本件の基本的争点は、すなわち、被告病院の担当医師がいつの時点で晴元の病因を正しく解明することができたか、また、いつの時点で晴元の症状に適合したより高度の治療を期待できる病院に転院させるべきであったかである。
二 基本的事実関係(証拠の摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 晴元は、昭和四九年五月一四日生まれであり、平成五年七月一七日午前一時一九分、転院先の慶応義塾大学病院(以下「慶応病院」という。)で死亡した。死亡当時の年齢は一九歳で、大学受験のため予備校に通学していた。
(二) 原告池田勝久(以下「原告勝久」という。)は、晴元の父親、原告池田久子(以下「原告久子」という。)は、晴元の母親である。
(三) 被告は、東京都豊島区内において、被告病院を開設している医療法人である。
被告病院は、七一床のベッドを保有し、内科、外科、整形外科の三科を備え、内科は、常勤医三名、非常勤医一名で運営されている。
松山弘正(以下「松山医師」という。)は、晴元が後記のとおり被告病院で診察、治療を受けた当時、被告病院に消化器内科医長として勤務する医師であった。
2 本件の診療経過
(一) 晴元は、潰瘍性大腸炎に罹患し、平成四年一〇月二三日から近所の被告病院に入院し、治療を受けていたが、平成五年一月上旬(以下、「平成五年」の記載を原則として省略する。)に感冒症状が出現し、その後リンパ球増多、皮膚の発赤著明、発熱、肝障害の諸症状が出現した。
そこで、晴元は、担当医師であった松山医師の依頼に基づき、二月九日から慶応病院に入院し、三月三〇日まで潰瘍性大腸炎の治療を受けた。晴元の前記症状に関する同病院の診断は、晴元が被告病院入院中に服用していたサラゾピリン剤による中毒疹とのことであった。
(二) 晴元は、慶応病院退院後も潰瘍性大腸炎治療のため引き続き同病院に通院し、副腎皮質ステロイド剤プレドニンの投与を受けてこれを服用していた。右投与量は退院時から漸減し、本件の診察、治療を受けた七月当時は、一日当たり七・五ミリグラムとなっていた。
(三) 晴元は、七月一〇日(土)午前九時ころ頭痛を訴え、通学していた予備校を休み、同月一三日(火)まで、市販の鎮静剤を服用し、自宅で静養した。この間、食欲が落ち、頭痛、吐気が続いており、七月一三日になっても、発熱(三七度程度)や吐気、発咳があり、晩には吐いた痰に血が混じっていた。
(四) 七月一四日午前一〇時ころ、晴元は、原告久子と共に被告病院に行き、松山医師の診察を受けた(前日に原告久子が被告病院の受診を勧めたところ、かねてから晴元の診療をしてきた松山医師担当の外来診療が翌日に予定されていたため、一四日の受診となった。)。
原告久子が晴元の症状につき、発熱、発咳があり、痰が出ること、その痰には血液が混ざっている、吐気があり、嘔吐すると説明した。松山医師が晴元に慶応病院で処方されている薬とその量を質問すると、晴元は、現在一日当たり七・五ミリグラムのプレドニンが処方されていることを説明した。
松山医師は、晴元の胸部、背部を聴診し、口腔内を視診し、腹部を触診し、咽頭に発赤を認めたものの、胸部については心音、肺音に異常所見を認めず(カルテには、「Chest Clear(胸 清明)と記載されている。)、この結果に基づいて、急性咽頭気管支炎(いわゆる風邪)と診断し、制吐剤ナウゼリン、抗生剤トミロン、鎮咳去痰剤レスプレン、胃炎治療剤コランチルを処方した。なお、同医師は、晴元に対するプレドニンの投与歴の存在、痰に血液が混入していた旨の訴えを考慮し、胸部レントゲン検査、喀痰の結核菌検査・一般細菌検査、血液の生化学・血清検査、血液学検査、尿検査を指示し、各検査が実施された。
もっとも、松山医師は、胸部レントゲン等の検査結果(胸部レントゲンは三〇分程度たてば検査結果を検討することは可能であった。)を同日中に検討する必要はないと判断し、晴元をそのまま帰宅させた。以上の診察に要した時間は、五分程度であった。
(五) 被告病院から帰宅後、晴元は、昼食をとったものの、薬と一緒に吐いてしまい、夕食はとらなかった。就寝の際も、吐気はおさまらず、仰向けに寝ることが苦しく、足を折り曲げ、横になった状態で寝た。
(六) 翌一五日早朝、原告らは、晴元の容態が一段と悪化しているのを認め、原告久子が一人で被告病院に先行し、松山医師に病状を訴え、晴元の入院を依頼し、同医師の承諾を得た。
晴元と原告久子は、同日午前九時ころ、被告病院に到着したが、入院には医師の診断が必要であるとのことで、直ちに入院することができず、一階の待合室で四〇分ほど待機した。
晴元は、同日午前九時四〇分ころ、当日の外来担当である中田裕海医師(以下「中田医師」という。)の診察を受けた。中田医師は、晴元の体温が三七・九度Cであり、貧血の症状を起こし、呼吸困難であったことから直ちに入院を指示し、当日の被告病院は満床であったが、一人部屋を二人部屋に変更する緊急措置を講じて、晴元を午前一〇時三〇分ころ入院させ、補液実施を指示した上、その後の治療を松山医師に引き継いだ。
松山医師は、当日、検査業務に従事していたが、晴元の入院の事実を知り、午前一一時頃、晴元を診察した。
晴元の顔面は蒼白で、口唇に軽度のチアノーゼがあり、脈拍は弱く、頻脈で、血圧は、収縮期圧七〇/拡張期圧五〇であった。また、聴診によって、肺に湿性ラ音(肺胞や肺空洞内等に血液等が停滞し、空気と混ざることにより、気泡が生じて発せられる音。小泡音ともいう。)、心臓に奔馬音(心房音が病的に亢進したもの。馬の駆ける音に類似することにより奔馬音と名付けられる。)が認められた。更に、前日実施したレントゲン写真を取り寄せ読影したところ、肺の湿潤像、心臓陰影の不明瞭、心臓の拡大像が認められた。そこで直ちに心電図検査を実施して、平成四年一〇月二三日に行った心電図検査の記録と対比したところ、異常が認められ、併せ実施した全血球の算定検査によると、炎症を示す白血球増加が認められた。また、動脈血ガス分析の結果によると、血液中のガス交換が不十分で心臓の機能障害が認められた。
松山医師は、このような診断等に基づき、急性心不全、上気道感染による肺炎があり、急性心筋炎(心筋組織を主座とする炎症性病変。急性心筋炎の原因のほとんどはウイルスに起因すると考えられている。病状が進むと、心筋収縮不全によって心不全を起こす。心不全とは、一般に心臓のポンプ機能が低下し、全身の酸素需要に応じた血液量を駆出できなくなった状態をいう。)の疑いがあると診断し、午前一一時一〇分からは、導尿を開始し、心不全に対し、強心剤イノバン(塩酸ドパミン)、利尿剤ラシックス、酸素の投与(一分間三リットル)、血管拡張剤ニトロダームTTS5の貼付を行い、ファウラー体位(患者の頭位を水平面より四〇ないし五〇センチメートル挙上させ、膝を軽度挙上屈曲させた体位)をとらせ、肺炎に対し、抗生剤フルマリン(FMOX)、抗生剤トプラシン(TOB)の投与を、潰瘍性大腸炎に対し、ステロイド剤の投与を指示した。
松山医師は、その後、ナースセンターで晴元の症状について原告らに説明し、レントゲン写真を示しつつ、心臓の拡大と肺炎の存在を告げ、また、心電図を示して、心筋梗塞のようであるが、心臓病歴がないこと、若年であることからして、おそらく心筋炎であること、普通なら知らないうちに罹って直る場合もあるが、プレドニンを飲んでいたため、症状が隠されやすくなっていた可能性がある旨を示唆した。
(七) このようにして、晴元は、同日午前一一時三〇分から午後八時三〇分までの間、被告病院において、利尿剤、強心剤、抗生剤、ステロイド剤の投与、血管拡張剤の貼付、クーリング(冷却)等の一般療法、薬物療法を受けた。
なお、松山医師は、入院後の晴元に尿の流出不良が認められることから、腎機能の障害が生じている可能性があると判断した。
(八) 松山医師は、同日は定時に帰宅し、その後の晴元の治療は、当日の当直医である三好俊一郎医師(以下「三好医師」という。)に委ねられた。三好医師は、同日午後九時ころ、吐気を訴えているという呼出しに応じて晴元を診断し、奔馬音及び湿性ラ音を聴取した(ただし、湿性ラ音についてはカルテに「少し」と記載がある。)。
同医師は、心電図検査、胸部レントゲン写真、動脈血ガス分析のほか慶応病院への照会等の結果から、晴元は心筋炎及び悪性の腎不全に罹患していると診断し、制吐剤プリンペランの静脈注射を指示するほか、昇圧剤及び利尿剤の投与を指示し、翌一六日午前〇時になっても吐気、尿量に改善がみられないことから、更に利尿剤及び昇圧剤の増量を命じた。
しかし、晴元の症状に改善はみられなかったため、同医師は、当直明けに当たり、主治医に対し、右のような治療にもかかわらず、無尿状態が継続しているので、更なる利尿剤の増量ないし緊急血液透析を考慮する必要がある旨の申し送りを行った。
(九) 一六日朝登院した松山医師は、三好医師からの引継内容を踏まえて、晴元を診察し、乏尿状態が続いている経過から、心不全ないし腎不全に対し、晴元に対しては人工透析を含むより高度の治療のできる病院に転院させる必要があると判断し、午前九時二〇分ころ、原告勝久に対し、その旨の説明をした。原告勝久から慶応病院の医師に転院を依頼し、被告病院からも連絡した結果、慶応病院から晴元受入れの意向が示され、同日午前一一時過ぎに晴元は慶応病院に転院した。
(一〇) 慶応病院の荒川医師(腎臓内科)と目黒医師(循環器内科)は、松山医師からの引継事項(甲二九号証の一中にある松山医師作成の依頼書には、症状として、「#1急性腎不全、#2肺炎、#3心不全(尿毒症)、#4潰瘍性大腸炎(プレドニン内服中)」の記載がある。)を踏まえて晴元を診察した結果、晴元の症状につき、腎不全、心不全及び肺水腫(肺血管外の肺組織に異常な水分貯留をきたした状態をいう。急性左心不全による肺毛細圧の上昇も、肺水腫の原因の一つである。)の合併であると診断し、原告らにその旨説明した。晴元は、同日午後二時ころから、肺の余分な水分を取り除くため人工透析を受けたが、同日午後六時ころ、人工透析中に容態が急変し、午後七時ころには、意識不明となり、翌一七日午前一時一九分、心筋炎を原因とするうっ血性心不全、肺水腫、腎不全により死亡した。
三 争点に関する当事者の主張
1 七月一四日の時点における松山医師の病因解明義務及びこれを前提とする転院義務
(一) 原告ら
(1) 病因解明義務
a 七月一四日に撮影された胸部レントゲン写真、生化学・血清検査の結果、血液学検査の結果、尿検査の結果は、いずれも重度の心筋炎及び肺水腫の所見を示しており、右レントゲン写真及び諸検査の結果からみて、晴元が心筋炎による肺水腫に罹患していたことは明らかである。
そして、肺水腫に罹患している場合には胸部に湿性ラ音を聴取するのが通常なのであるから、同日の聴診において、松山医師は湿性ラ音を聴取することができたはずである。また、松山医師はその際、心音の異常音である第[3]音調の奔馬音を聴取することもできたはずである。
松山医師が、当日の聴診において、右各異常を聴取しなかったとすれば、それは、晴元に異常音がなかったのではなく、右異常音を聞き漏らしたからであるといわざるを得ない。
この点、鑑定人高野照夫作成の鑑定書(以下「高野鑑定書」という。)には、「被告病院初診時に心不全と診断する理学的根拠がなかった。」との記載がある。しかし、右鑑定書の記載は、被告病院ないし担当医師を擁護しようとする姿勢に基づくものであり、信用できない。
b たとえ、松山医師が当日に晴元の胸部を聴診した際、右異常音を聴取しなかったとしても、同医師は、晴元が従前から副腎皮質ステロイド剤プレドニンを継続して服用していたことを知っていたのである。
そして、プレドニンには免疫抑制作用があり、感染症の誘発・増悪という重要な副作用があるので、晴元が単なる風邪症状を訴えた場合であっても、医師としては、プレドニンの特質を考慮して慎重な診断を行う必要がある。しかも、同医師は、晴元の痰の中に血が混じっているとの訴えに基づいてレントゲン写真等の指示を行ったのである。
c このように、松山医師には、聴診によって晴元の呼吸音や心音に異常音のあることを聴取し得たのであり、また、晴元がステロイド剤を服用していたことを知っていたのであるから、当日実施した胸部レントゲン等の検査結果を速やかに検討して病因を解明すべき注意義務があったものというべきである。
しかるに、同医師は、右異常音を聞き漏らしたのみならず、レントゲン写真等の検討をしなかったため、晴元が当日既に重度の心筋炎及び肺水腫に罹患していることを診断しなかったのであるから、医師としての前記注意義務に違反し、過失があるというべきである。
(2) 転院義務
a そして、急性心筋炎の治療の原則は、安静臥床、酸素吸入及び対処療法であるが、急性心筋炎において心不全症状が出現した場合には、<1> 急性心筋梗塞に準じて、スワン・ガンツカテーテルを挿入し、血行動態を監視する、<2> 血行動態を監視した後で、必要に応じてフロセミド等の利尿薬やニトログリセリン等の血管拡張薬、ドパミンやドブタミン等のカテコールアミン剤(強心剤)を適宜使用し、心臓のポンプ機能を維持する、<3> そして、これらの薬物療法によっても効果が出ない場合には、直ちに、大動脈内バルーンパンピング(IABP)、左心バイパス(LVAD)、右心バイパス(RVAD)等の機械的補助循環法を実施するという医療措置が必要である(スワン・ガンツカテーテル法とは、経皮的に肺動脈内にカテーテルを挿入し、肺毛細血管圧、肺動脈圧、心拍出量の測定を行うものであり、IABPとは、左心室拡張期にバルンを急速に膨張させ、拡張期動脈圧を上昇させて冠血流量を増加させ、左心室収縮期直前にバルンを急速に収縮させて左室駆出抵抗を低下させ、心筋酸素消費量を減少させるという補助循環法である。)。
b 七月一四日の時点における晴元の前記病態は、直ちに入院をさせた上、スワン・ガンツカテーテルを挿入し、血行動態を監視した上で、一般療法、薬物療法を行い、それらの治療による効果が出なかった場合は、前記の機械的補動循環法を行わなければならない重篤なものであった。
しかしながら、被告病院には、スワン・ガンツカテーテル法による血行動態の監視や、IABP等の補助循環法を実施するための設備がなく、腎不全に対する血液透析を行うことも不可能であった。
したがって、松山医師としては、七月一四日の時点で、前記のように晴元の病因を解明した後、ただちに、右のような治療を実施することができる施設の整った病院へ晴元を転院させる措置をとるべき義務があったものというべきである。
しかるに、松山医師は、前記のとおり病因解明義務を怠った結果、右のとおりの転院措置をとることができなかったのであるから、医師としての右注意義務に違反し、過失があるものというべきである。
(3) 因果関係
そして、七月一四日の時点で、晴元を転院させて適切な治療を施していたとすれば、当日の晴元の状態は、未だ、危機的状況とまではいえなかったのであるから、救命された蓋然性は十分に肯定できるものというべきである。すなわち、松山医師の前記注意義務違反と晴元の死亡との間には相当因果関係が認められるべきである。
(二) 被告
(1) 病因解明義務について
a 松山医師は、七月一四日の聴診の際、異常音を聴取していない。
高野鑑定書の指摘するとおり、「被告病院初診時に心不全と診断する理学的根拠がなかった。」、「胸部X線は異常を示していることから、肺異常音が聴取されることもあるが、必ずしも聴取されるとは限らない。」のである。
三好医師が晴元を七月一五日に診断した際にも、肺の所見からすれば、ばりばりという音が聞こえるはずなのに、実際には小さな音しか聞こえなかったし、七月一六日に慶応病院の医師が診察した際にも、心音、肺音の異常音が聴取されなかった。
心筋炎の身体所見は、必ず異常音が聴取されるものではないし、晴元個人の身体的原因から異常音が聴取されなかった可能性もある。
いずれにせよ、右診断時には、晴元に心音、肺音の異常が存在しなかったのであり、松山医師が晴元の異常音を聞き漏らしたのではない。
b 確かに、松山医師は、七月一四日の時点で晴元の胸部レントゲン写真やその他の検査結果を見ていない。
しかし、晴元が服用していたというプレドニン七・五ミリグラム/日という量では免疫抑制作用を有するかは不明であって、高野鑑定書も、「プレドニン七・五ミリグラム/日という量が免疫抑制として働いたかどうか判断することは不可能である。」との意見である。
したがって、晴元がプレドニンを継続服用していたからといっても、同日の診断では急性咽頭気管支炎以外の異常所見が認められなかった以上、松山医師には、診断当日に実施された検査結果を、その場で直ちに検討しなかったことにつき注意義務違反ないし過失はないというべきである。
(2) 転院義務について
a 松山医師が、晴元の症状を急性咽頭気管支炎と診断した点に過失がない以上、晴元を他の設備の整った病院に転院させる義務は発生しない。
b また、心筋炎に対する治療は、通常は、対症療法でよいとされている。対症療法とは、具体的には、安静臥床と酸素吸入、基礎感染の除去のための抗生物質投与、強心剤、利尿剤、血管拡張剤等の投与といった薬物療法である。スワン・ガンツカテーテル法は、血行動態を観察するのにいまだ一般的方法ではないから、これによって血行動態の監視を行うことまでの義務はない。また、補助循環法は、強力な薬物療法によっても心不全の効果が出ない場合に、はじめて適応が認められるのであるし、左心、右心の各バイパスについては、他の補助循環法が優先適用となる。
したがって、仮に、松山医師が晴元の症状を心筋炎と診断していたとしても、被告病院には晴元を転院させるまでの義務はなかった。
(3) 仮に、松山医師が七月一四日の時点で晴元の症状を心筋炎と診断し、設備の整った病院に転院させていたとしても、その重篤度からみて、晴元の救命の可能性は低く、松山医師の診察と晴元の死亡との間に相当因果関係があるとはいえない。
2 七月一五日の時点における松山医師の転院義務
(一) 原告ら
(1) 松山医師は、七月一五日午前一一時ころ、晴元が急性心筋炎及び心不全に罹患していると診断した。この時点で、晴元は、心原性ショック(急性循環不全状態をいい、心機能が高度に抑制されて、生体機能を維持するのに必要な心拍出量が減少した状態)の状態であったから、晴元に対しては直ちに前記の機械的補助循環法を実施すべきであった(現に、七月一五日以降の被告病院の薬物療法によって、晴元に対し、治療の効果は現われていない。)。そして、前記のとおり、被告病院には、スワン・ガンツカテーテル法による血行動態の監視や、IABP等の機械的補助循環法を実施するための設備がなかったのであるから、松山医師としては、直ちに、晴元を設備の整った病院に転院させる義務があった。
しかるに、松山医師は、この措置を取らなかったのであるから、同医師には、右注意義務違反ないし過失があるものというべきである。
(2) そして、七月一五日の時点で晴元をしかるべき病院に転院させていた場合においても、晴元にはなお八五パーセント程度の救命可能性があったのであるから、同日時点での松山医師の転院義務違反と晴元の死亡との間には相当因果関係が肯定できる。
(二) 被告
前述のように、心筋炎の治療方法としては、対症療法、すなわち、安静臥床と酸素吸入、基礎感染の除去のための抗生物質投与、強心剤、利尿剤、血管拡張剤等の薬物療法でよいとされている。
松山医師は、晴元に対し、ファウラー体位を指示し、酸素吸入をし、抗生剤、強心剤、利尿剤を投与し、血管拡張剤も貼付している。そして、排尿を除き、一般療法、薬物療法の効果が認められたのである。排尿困難については薬物療法の効果が認められなかったことから腎不全を疑い、七月一六日になって血液透析の必要が生じたので慶応病院に転送した。
したがって、七月一五日以降の松山医師らの治療方法は、被告病院など一般病院における臨床実践の心筋炎に対する医療水準として適切であり、松山医師らに過失はない。
(2) 仮に、松山医師が七月一五日の時点で補助循環法を実施するため設備の整った病院に晴元を転院させていたとしても、晴元の救命の可能性は低く、同日以降の松山医師の措置と晴元の死亡との間に相当因果関係はない。
(3) 原告らは、晴元が慶応病院に転院後、慶応病院の医師によって提案されたPCPS(循環補助システムの一種)による治療を拒否した。晴元の死亡については、このPCPSの拒否が寄与していることは疑いなく、本件の判断においては、この点が十分に斟酌されるべきである。
3 原告らの損害
(一) 原告らの主張
(1) 原告らの被った損害は、次のとおりである。
a 逸失利益 金四八三四万六七五五円
晴元は、死亡当時予備校生であり、平成六年四月大学に入学し、大学卒業後就労するはずであった。
賃金センサス平成五年第一巻第一表産業計・企業規模計・大卒・全年齢平均の男子労働者の平均賃金六六五万四二〇〇円を基礎とし、生活費控除率を収入額の五割、就労可能年数を満二三歳から満六七歳までの四四年間とし、ライプニッツ方式による中間利息を控除して晴元の逸失利益を求めると、次の計算式のとおり、四八三四万六七五五円となる。
6,654,200×(1-0.5)×(18.0771-3.5459)=48,346,755
b 原告らの固有慰謝料 各金一〇〇〇万円
晴元の死亡による原告らの固有の慰謝料は、一人当たり一〇〇〇万円を下らない。
c 葬儀費用 金四三六万六二八二円
d 弁護士費用 金七二七万一三〇三円
(2) 右aの損害賠償請求債権は、原告両名がそれぞれ二分の一を相続し、c及びdの費用は、原告両名が折半で負担したので、原告両名の取得した損害賠償請求権は、原告それぞれにつき三九九九万二一七〇円である。
(3) したがって、原告両名は、債務不履行ないし不法行為(民法七一五条)に基づき、被告に対し、それぞれ、右金額及び晴元の死亡の日である平成五年七月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める(なお、原告両名は、債務不履行責任を主張しているが、債務不履行責任によって生じるとはいえない不法行為の日からの遅延損害金、原告固有の慰謝料並びに原告ら自らが支出した葬儀費用及び弁護士費用を請求していることからみて、不法行為責任をも主張している趣旨と善解するのが相当である。)。
(二) 被告
原告らの主張を争う。
第三 当裁判所の判断
一 晴元の死亡に至るまでの診療の経過は、前記のとおりである。
二 七月一四日(初診時)における病因解明義務について
1 初診時における晴元の病状
(一) 七月一四日に実施された諸検査の結果は、次のとおりである。
(1) 胸部レントゲン写真(正面及び側面からそれぞれ撮影したもの)
レントゲン写真の結果からは、右肺の湿潤、肺胞性浮腫(気管支カフスサイン)、カーリーAライン、カーリーBライン、バタフライシャドー、心臓の拡大(心胸郭比五三%以上)を認めることができる。
右にいう気管支カフスサインとは、肺門へ移送された気管支血管周囲の水腫によって、辺縁が不明瞭となり、綿ぼこり状の陰影を示すものであって、肺水腫の初期に出現する間質性肺水腫や、心不全の所見である。また、カーリーAラインとは、上肺野から中肺野でみられる長さ数センチメートルの綿状陰影であり、間質性肺水腫の所見である。カーリーBラインとは、肺野外套部の胸膜直下に胸膜に垂直に出現する線状陰影であり、間質性肺水腫の所見である。バタフライシャドーとは、肺胞性水腫による均等影が、肺門部から肺野中層部に限局するもので、蝶形を呈する。これは、肺胞性水腫の所見である。
(2) 生化学・血清検査
生化学・血清検査によれば、CPK(心筋逸脱酵素)の値が一六二IU/リットルを示し、LDHの数値が一〇〇八IU/ミリリットルを示していた。
CPKの値は正常値(二〇~一〇〇IU/リットル)より高く、心筋の壊死が始まっていることを示唆するものであり、LDHの値は、正常値(一〇〇~五〇〇)の二倍以上になっており、肝臓に病変が生じていることを示している。
(3) 血液学検査
白血球数は、一万五三〇〇/平方ミリメートルであった。正常値は、四〇〇〇から九〇〇〇の間である。
(4) 尿検査
尿検査では、蛋白が「プラス」を示し、アセトン体が「4プラス」を示していた。蛋白プラスということは、腎臓にうっ血が生じている所見である。また、アセトン体が4プラスということは、血液が酸性に傾く、アシドーシスの所見である。
(5) 一般細菌検査
一般細菌検査では、異常が認められなかった。
(二) 前記の七月一四日に松山医師が把握した発熱、発咳、吐気及び血痰の訴え及び右の諸検査の結果に基づいて、鑑定人高野照夫(日本医科大学内科学第一講座教授、集中治療室部長)は、その鑑定書(高野鑑定書)及び証言において(高野鑑定書は極めて簡潔に記載されているので、同人の証人としての証言と併せてその真意を理解できるところが少なくない。そこで、以下においては、これらを一括したものとして「高野鑑定意見」ということがある。)、七月一四日の被告病院初診時における晴元の客観的病状は、急性心筋炎に基づく重症の急性心不全及び肺水腫と診断することができ、腎臓や肝臓にも異常が出ていることから、多臓器不全の状態が生じ始めていたと認められると述べている。
そして、晴元の診療に当たった松山医師及び三好医師も、その供述内容からみて、右の客観的診断に関しては、高野鑑定意見には異論がないものと推認されるから、晴元の当日の客観的病状については、右のとおりに認定するのが相当である。
2 松山医師の病因解明義務について
(一) 急性心不全の重症度の判定法としては、キリップ(killip)分類が、簡便かつ予後をよく反映するものとして一般臨床において広く用いられている。このキリップ分類は、聴音所見の肺ラ音の広がりと[3]音の有無により、急性心筋梗塞によるポンプ失調の程度を四段階に分類したものである。これによると、キリップ分類三度(重症心不全)は、肺野の五〇パーセント以上の領域で湿性ラ音を、また、[3]音調奔馬音を聴くことができるとされている(なお、キリップ分類四度(最重症心不全)は、心原性ショックが聴診所見とされている。)。
(二) そして、高野鑑定意見を総合すると、七月一四日の時点における前記の晴元の病態は、キリップ分類の三度に当たると認めることができる(なお、この時点では、晴元は未だ、心原性ショックの状態に至っていない。翌七月一五日の被告病院入院時における晴元の病態が心原性ショック状態であることは、高野鑑定意見も肯定しているし、松山医師自身も証言において認めている。)。
キリップ分類三度に該当する場合であれば、[3]音調奔馬音を聴くことができ、また、肺野の五〇パーセント以上の領域で湿性ラ音を聴くことができるものとされていることは前記のとおりであり、高野鑑定人も、本件のレントゲン写真から判断される具体的病態を前提とした場合、右心音及び湿性ラ音が聴こえてもおかしくないと証言している。
このような証拠関係及び弁論の全趣旨に照らすと、特段の事情の示されない限りは、通常の聴診能力を持つ医師が、七月一四日に晴元を診断し、聴診を行ったのであれば、晴元の病態からみて、[3]音調奔馬音及び湿性ラ音を聴取することは可能であったと推認するのが相当であり、松山医師が、聴診の際に右異常音を聴取しなかったとすれば、その点に医師として診療上の注意義務違反ないし過失があるというべきである。
(三) 松山医師が、当日の聴診において、右異常音を聴取しなかったことは、前記のとおりである。
そして、被告は、心筋炎の場合、異常音が聴取されない場合もあると主張し、松山医師は、晴元には心臓の異常音、湿性ラ音が聴こえなかったので、当日レントゲン写真の検査をする必要を認めなかったと証言している。
しかしながら、七月一四日の時点における晴元の病状は、単なる心筋炎でなく、キリップ分類三度に相当する重症の心不全及び肺水腫の状態にまで達していたと認められることは前記のとおりであり、高野鑑定人も、前記のとおり証言していることを考慮すると、心筋炎の場合に異常音が聴取されない場合があるとしても、本件が、右の場合に当たるとみることは相当でない。
被告は、更に、三好医師が、七月一五日午後九時ころ、聴取した晴元の肺音の異常はごく小さいものであったし、七月一六日に慶応病院の医師が晴元を診断した際、心音及び肺音の異常は聴取されなかったとして、晴元については、身体的原因から聴診上、心音、肺音の異常を示さない場合であった可能性があると主張する。
確かに、三好医師が聴取した湿性ラ音は微弱であったことは前記のとおりであり、三好医師は、前記のカルテの記載は、肺所見から予測される音量に比して小さい音しか聞こえないとの趣旨であり、その理由として、昇圧剤による前方屈折が良くなっているか、右心室からの屈折が悪くなって、肺に血が行かなくなってくるような状態であったためと推測する旨の証言をしている。
しかしながら、三好医師の右証言は、未だ推測の域を出るものではなく、この推論を根拠付ける証拠は見当たらないし、三好医師は、同じ診断の際、奔馬音を聴取しているし、松山医師も、七月一五日午前一一時頃には、湿性ラ音及び奔馬音を聴取していることからすれば、本件において、晴元には、聴診において、異常音を聴取できない特段の事情があったとの事実を窺うことはできない。
また、慶応病院での診断で、異常音が聴取されなかったのは、肺胞性水腫が進行し、呼吸音が減弱して湿性ラ音も聴取されなくなったためと推認できるから、被告主張を裏付けるものとはいえない。
なお、高野鑑定書には、「被告病院初診時に心不全と診断する理学的根拠がなかった。」、あるいは「胸部X線は異常を示していることから肺異常音が聴取されることもあるが、必ずしも聴取されるとは限らない。」との記載があることは、被告指摘のとおりである。
しかし、高野鑑定意見の全体の趣旨は前記のとおりであって、同鑑定人は、現実に診察した医師の聴診能力に言及することを避けるため、松山医師作成のカルテの記載を前提として鑑定書を作成したものであることは明らかであるから、前記の高野鑑定書の記載は、七月一四日時点の晴元の病状を前提とした場合に異常音が存在しないはずであるとの趣旨を述べるものと解することは適当ではない。
以上によれば、被告の主張は採用することができず、前記の特段の事情が示されたものということはできないから、前記の説示に照らし、松山医師には七月一四日の聴診の際に、前記異常音を聴取しなかったことにつき、医師としての注意義務違反ないし過失があったものというべきである。
(四) 晴元は、かねてから潰瘍性大腸炎に対する治療として副腎皮質ステロイド剤であるプレドニンの継続的投与を受けており、このことは、従来被告病院でその治療を担当していた松山医師にとっては既知のことであり、七月一四日の診察時においてこの事実を確認していることは、前記のとおりである。
ところで、《証拠略》によると、右プレドニンは、免疫抑制機能を有する薬剤であり、その反面の副作用として、感染症の誘発・増悪作用を有し、その用量によっては、外見的症状が実際の症状より軽減された状態であらわれるといういわゆるマスク作用を有することが一般的に知られていることを認めることができる。そして、《証拠略》によると、松山医師もこのことを認識し、晴元の症状にも右のマスク作用が働いている可能性を排除できないと判断して、前記のとおり胸部レントゲン検査を指示したものであることを認めることができる(松山医師が原告らに対して七月一五日にした説明においても、プレドニンにつき言及していることは前記のとおりであり、このことからも、松山医師の右のような認識を認めることができる。)。
そして、右の胸部レントゲン検査の結果は、撮影後三〇分余りで判明した(当日指示した他の検査の結果は、通常であれば、翌日になってから判明するものと認めることができる。)のであるから、このような具体的な事実関係のもとにおいては、松山医師には、当日、胸部レントゲン検査の結果が判明した段階において、すみやかにこれを検討することが要求されていたものと認めるのが相当というべきである。
被告は、当時晴元が服用していた程度のプレドニンの投与量では、いわゆるマスク作用が働いていたかは不明であるから、松山医師には、当時胸部レントゲン検査の結果を検討する義務はないと主張する。
確かに、右の程度のプレドニン投与によって、いわゆるマスク作用が働いていたことを認めるに足りる積極的証拠はないが、逆に、これを否定する証拠も見当たらない(高野鑑定書の記載は、同人の証言と対比するとこの作用の存在を否定するものとはいえない。)のであって、それ故にこそ松山医師としても、その可能性を排除できないものと判断したものと認められるのである。したがって、被告の主張は採用できず、松山医師が前記検査義務を負担していたことを否定することはできないと判断するのが相当である。
(五) 右のとおりであるから、松山医師としては、七月一四日に晴元を診断した際、心音、肺音に前記の異常音を聴取することは可能であったということができるから、進んで、当日のうちに実施を指示していた胸部レントゲン検査の結果を検討し、生化学・血清検査、血液学検査、尿検査等の結果判明を急がせ、必要であれば、心電図等の検査を行うことにより(甲一六号証、証人松山弘正の証言によれば、七月一五日に実施した心電図検査からは心筋の異常が認められるというのであるから、前日にこれを実施していれば前記の症状からみて異常所見を得ることができた蓋然性は高いものと推認できる。)、異常音の原因を究明する義務が課せられていたものというべきである。
また、松山医師が同日の聴診で異常音を聴取しなかったことを前提としても、前記の具体的な事実関係のもとにおいては、松山医師が当日胸部レントゲン検査の結果を検討する義務を免れないものというべきことは先に説示したとおりである。
(六) そして、七月一四日の時点における晴元の病状の客観的な状態は、前記のとおりであり、当時検討可能であった前記胸部レントゲン検査から判明する内容のみからだけでも、晴元が、当時、心不全、肺水腫に罹患していると診断することは可能であったと認めることができる。さらに、その時点で、心電図検査を実施すれば、右心不全及び肺水腫の原因疾患が心筋炎である、あるいは、少なくともその疑いがあると判断することは容易であったと推認することができる。
そうであるとすると、松山医師は、七月一四日の診断の際、レントゲン検査の結果を検討することによって、晴元の病因を解明することが可能であったのに、それを怠ったものといわざるをえず、したがって、松山医師には医師として尽くすべき注意義務に違反し、過失があったものと判断するのが相当である。
このように、松山医師に医師としての注意義務違反を肯定するのは、当日が同医師にとって初診であったことを思えば、酷に過ぎるのではないかとの感は否定できないが、いやしくも人の生命及び健康を管理すべき医業に従事する医師に対しては、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を尽くすことが要求されることはやむを得ないところであり、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時いわゆる臨床医学の実践における医療水準であることからすれば(最高裁第一小法廷昭和三六年二月一六日判決・民集一五巻二号二四四頁、最高裁第三小法廷昭和五七年三月三〇日判決・裁判集民事一三五号五六三頁)、右のように判断するのが相当というべきである。
三 七月一四日にとられるべきであった治療等について
1 松山医師が、七月一四日に晴元を診断し、胸部レントゲン検査の結果等に基づき晴元の病状が心筋炎及びそれに伴う心不全及び肺水腫であると判断することができたことは前記認定のとおりである。そこで、松山医師としては、このような晴元の病状に対し、いかなる治療措置をとるべきであったかについて検討する。
2 本件当時出版されていた一般的教科書ないし論文に、急性心筋炎ないし心不全に対する治療として記載されているところは、おおむね次のとおりである。
(一) ウイルス性心筋炎に特異な治療法は現在のところなく、一般的療法にとどまる。
(二) 心筋炎の急性期においては、心不全の一般的治療による。
(三) 急性心筋炎による心不全の治療は、特異なものはなく、一般のうっ血性心不全の場合と同様であり、安静臥床及び塩分制限を行い、酸素補給、利尿剤などを使用し、可能であれば、スワン・ガンツカテーテル法による血行動態を観察しながら、血管拡張薬やカテコールアミン製剤を使用する。心原性ショックをきたした重症例には、大動脈内バルーンパンピング(IABP)が効果的である。
(四) 急性心筋炎における治療の原則は、安静臥床と酸素吸収、それに対症療法である。心不全症状が出現した場合は、スワン・ガンツカテーテルを挿入して、血行動態を監視した後、カテコールアミン剤を適宜使用し、心臓のポンプ機能を維持する。これらの薬物療法にもかかわらず、心不全が急速に進行し、ショックに至る症例では躊躇することなく大動脈内バルーンパンピング(IABP)などの補助循環法を積極的に使用すべきである。
(五) 急性心不全治療においては、まず、一般療法後、薬物治療を試みるが、薬物療法がその限界を超えた場合においては、IABPなどの補助循環療法が有用である。
3 鑑定人高野照夫は、本件では、晴元を入院させた上で、起座位を取らせ、酸素補給を行い、利尿剤、血管拡張剤、強心剤を投与し、一時間程度様子をみた上、状態が改善されない場合は、IABP等の機械的補助循環法を行うのが適当であるから、そのような設備を備えたCCU(冠状動脈疾患集中治療室)のある病院に転院させるべきケースであったと証言している。
この証言は、前記の一般的教科書等の記載に沿うものであって、当時の実践的医療水準に適合するものと認めることができる。
4 そこで、前記各証拠に右証言を総合すると、本件において、松山医師が晴元に対してとるべき措置は、以下のとおりであったことを認めることができる。
(一) まず、晴元を被告病院に入院させた上、同人に起座位を取らせ、酸素を投与して、利尿剤、血管拡張剤、カテコールアミン剤(強心剤)を投与する。この際、スワン・ガンツカテーテル法による血行動態の監視を行うことが望ましい。
カテコールアミン剤の投与治療をどれだけの時間続けるのが適当であるかについては、一般に一時間程度とされている。
(二) 右の時間が経過しても病態の改善がないときは、IABP等の機械的補助循環法を行う適応といえるので、その実施を考慮する。
(三) 証人松山弘正の証言によると、被告病院には、右の機械的補助循環法を行う設備を備えていないことが認められるから、もし、(一)の治療の効果が出ず、(二)の措置を必要とした場合には、その実施が可能な病院へ晴元を転院させる。
5 そして、本件において松山医師は、七月一四日当日、晴元に対する胸部レントゲン検査の結果の検討を怠った結果として、晴元の前記病状の診断を行うことをせず、それ故、当日晴元に対して施すべき前記の治療を行うことができなかったものであるから、医師としての注意義務に違反し、過失があるというべきである。
なお、原告は、被告病院にはスワン・ガンツカテーテル法による血行動態の監視を行う設備もなかったので、診断後直ちに晴元を転院させる義務があったと主張する。
しかし、前記の証拠によれば、確かに、スワン・ガンツカテーテル法による血行動態の監視は望ましい措置ではあると認めることができるが、当時の医療水準に照らし、薬物療法の実施過程において必ず施行しなければならないものとまで認めるには不十分というべきであるから、4(一)の一般療法及び薬物療法の実施前の段階で晴元を転院させるべき義務があったとまで要求することは、相当とはいえない。
6 被告は、心筋炎に対する治療法としては、対症療法で足りるとするのが被告病院の規模を基準とした場合の医療水準であると主張する。また、高野鑑定書にも、「急性心筋炎そのものに対する治療法は現在なく、対症治療により心筋の炎症の治癒を待つしか有効な方法はない。」との記載がある。
しかし、本件当時の文献において、心筋炎に対する治療として補助循環法について言及しているものが多数あることは、前記のとおりであり、また高野鑑定書の記載も、高野鑑定人の真意は前記のとおりと認めるべきであるから、右の認定判断を左右するものとはいえない。
したがって、被告の主張は採用することができないものというべきである。
四 松山医師の義務違反と晴元の死亡との間の因果関係について
1 被告は、(現実に松山医師のとった措置と異なり、)仮に、松山医師が七月一四日の時点で晴元の病状を心筋炎と診断し、高度機能病院に晴元を転院させていたとしても、救命の可能性は低く、したがって、初診日の診療の不備と死亡との間の相当因果関係は肯定できないと主張する。
2 そこで検討するに、七月一四日の時点で晴元の病状を適正に診断した場合の松山医師のとるべき措置は、前記認定のとおり、まず、酸素投与や薬物療法による治療を施し、それらの治療によって病態改善の効果が顕れない場合には、IABP等の機械的補助循環法を実施するために、すみやかに設備の整った高度機能病院に転院させることであった。
3 まず、弁論の全趣旨に照らせば、七月一四日の時点で、カテコールアミン剤の薬物投与等の薬物療法によって、晴元の症状が改善され、予後が良好に推移し、回復に至った可能性を否定することはできないものというべきである。
したがって、この場合においては、七月一四日時点での松山医師の前記義務違反と晴元の死亡との間には相当因果関係の存在を肯定すべきである。
4 次に、七月一四日の時点で、松山医師が、晴元を入院させ、前記のような薬物療法を施して、一定時間治療を続けたものの、晴元の病状が好転しなかったため、晴元を機械的補助循環法を実施できる設備の整った高度機能病院に転院させていた場合、晴元の救命可能性が肯定できるかについて検討する。
(一) 《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。
(1) 東京都においては、心筋梗塞を含め重症の心臓疾患を有し、緊急の医療措置を要する救急患者を受け入れる医療機関によって構成される「東京都CCUネットワーク」と称する組織がある。このネットワークに加盟している医療機関は、IABPを含め、ペースメーカー、除細動器、人工透析機等、右の治療に必要な物的設備及び人員を備えているので、本件の晴元を収容するのに適合した高度機能病院に該当する。
(2) この東京都CCUネットワークの活動を報告した一九九七年(平成九年)度公表の報告書の概要は、次のとおりである。
a 一九八二年(昭和五七年)一月から一九九四年(平成六年)一二月までに同ネットワーク加盟の病院に収容された急性心筋梗塞の症例九五二五例、狭心症の症例一〇四三例を対象とし、検討した結果によると、全例についての死亡率は一九八二年の二〇・四%から一九九四年は一一・五%に低下した。
b 右の症例のうち、晴元と同じキリップ分類三度に属する症例は六五五例であるが、そのうち死亡に至ったのは二一三例(三二・〇%)である。ただし、一九九四年度においては、二七例中四例(一四・八%)が死亡している。
c また、右の症例のうち、心筋炎が契機となって心不全となった症例は三九例あるが、そのうち六例(一五・三%)が死亡している。
(3) 心筋炎に起因する心不全についての全国統計によると一二%余の症例が死亡に至っている。
(4) また、昭和五七年度及び六〇年度における全国アンケートには、心筋炎の予後は、完全治癒が約五〇%、後遺症を残す不完全治癒が約四〇%、死亡が約一〇%であるとの記載がある。
(二) 晴元が七月一四日の時点で適切な治療が可能な高度機能病院に転院した場合における晴元の救命可能性を明確に肯定することは、その性質上不可能というべきではあるが、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的な証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性があることを証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれをもって足りる(最高裁第二小法廷昭和五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一四一七頁)との見地に立って前記の事実関係を総合すると、本件において、七月一四日の薬物療法による効果が現れないことを確認した時点で、機械的補助循環法を行うことのできる高度機能病院に晴元を転院させていたならば、右にいう高度の蓋然性をもって晴元を救命することができたものと推認することができるものというべきである(確かに、七月一四日の初診時から直ちに心筋炎のための治療を始めていたとしても、前記事実関係から明らかなように、その治療内容は、被告病院が七月一五日に実際に施した治療と基本的に異なるものではない。しかし、初診時の晴元の症状は未だ心原性ショックの状態にはなかったのであり、他方、心筋炎が急性であった可能性が高いことも考慮すると、対症療法の開始が一日遅れたことは晴元の救命との関係では決定的な問題であったと判断されるのである。)。
(三) 以上のとおりであるから、七月一四日の時点における前記のような松山医師の一連の注意義務違反と晴元の死亡との間には、相当因果関係があったものと認めるのが相当である。
五 被告の不法行為責任
以上によれば、晴元の死亡は、被告の事業の執行として七月一四日の治療行為を行った松山医師の過失によるものであるから、松山医師が七月一五日にとった措置の是非について判断するまでもなく、被告は、民法七一五条に従い、原告らの被った損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
六 原告らの損害について
1 逸失利益
晴元は、死亡当時一九歳であったところ、前記のとおり大学進学を希望して予備校に通学しており、志望校に十分合格できるだけの成績であったことを認めることができるから、晴元は、平成六年四月、大学に入学し、大学卒業後就労することができたと推認することができる。
そこで、賃金センサス平成五年第一巻第一表産業計・企業規模計・大卒・全年齢平均の男子労働者の平均賃金六六五万四二〇〇円を基礎とし、生活控除率を収入額の五割、就労可能年数を満二三歳から満六七歳までの四四年間とし、ライプニッツ方式による中間利息を控除して晴元の逸失利益を求めると、次の計算式のとおり、四八三四万六七五五円となる。
6,654,200×(1-0.5)×(18.0771-3.5459)=48,346,755
2 原告らの慰謝料
原告それぞれが、晴元の父親ないし母親として晴元の突然の死亡により耐え難い精神的苦痛を受けたことは推測に難くなく、右に対する慰謝料は、本件に現われた一切の事情を勘案して、原告それぞれにつき一〇〇〇万円をもって相当と認める。
3 葬儀費用
《証拠略》によれば、原告両名が晴元の葬儀費用、墓碑建立費用、仏壇費用等として合計三五八万六二八二円を支払ったことを認めることができるが、そのうち一二〇万円の限度で本件と相当因果関係を肯定することができる。
4 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用・報酬を支払う旨の合意をしたことが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過等を考慮すると、本件の弁護士費用としては、七〇〇万円をもって相当と認める。
5 右1の損害賠償請求権は、原告両名がそれぞれ二分の一を相続し、3及び4の費用は、原告両名が折半で負担したものと認めることができるので、原告両名の損害賠償請求権は、それぞれ三八二七万三三七七円となる。
第四 結論
以上の次第で、原告らの請求は、右各金員及びこれに対する不法行為の結果発生の日である平成五年七月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるから認容し、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中壮太 裁判官 小西義博 裁判官 栩木純一)